人がいらない時代の人の価値

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こんにちは、蒼生です。

今回もAIに関する記事です。

誰でも働かずにお金を稼ぐ方法

3年くらい前に、ある人とこんな話をしたことがあります。

もし科学技術が進歩して人が働かなくてよくなったら、どうなるか。という内容でした。まずベーシックインカムについて話すのはもちろん、それが実現しなかった場合、どうやって人は稼げばいいか、という内容でした。

稼ぐというのは運と能力がかなりの部分を占めています。努力だけでは不十分です。

AIは今や司法試験に受かってしまうほど賢くなっています。大多数の人はAIよりも愚かで生産性が低いと判断される世の中になった場合、労働の機会はかなり限られてきます。

しかもベーシックインカムのような制度整備が遅れた場合、AIよりも生産性が低い状態でも働かなければならなくなります。

働く事でしかお金を稼げないとなった場合、以下の配慮が求められます。

彼らはAIよりも能力と生産性が低いので、労働するのは非効率だ。したがって、彼らが存在するだけで稼げるようなシステムが必要。

という事です。現状、存在するだけでお金をかせげるのは、新興宗教の教祖様と先祖代々地主だった人達くらいだと思います。でも、AIによって多くの人が労働から疎外される状況になった場合、誰でも働かずに稼ぐ手段を得なければならなくなります。

具体的にどのような状態でなら、この夢のような状態が実現するかというと、特別な家を用意し、そこで生活し、その家の中で発生するデータをすべてテクノロジー企業に提供するというやり方です。AIが学習するためのデータを提供するための存在になるという意味です。つまり養分です。

今もすでにそうなっています。AIは人間の作り出したものを大量に学習して賢くなっていくからです。生成AIは人間が制作した絵や文章を大量に学習して、今や人間に置き換わろうとしています。実際中国では多くのイラストレーターが失業し、作品のクレジットには以前のように名前がのらなくなりました。自分のまわりでも絵心が1ミリもない人が生成AIによって多くの仕事を得ています。つまり、絵が描ける人に発注されていた仕事がAIもしくはそれを使える人に移っているのです。それを可能にしたのは、ネット上に公開されていた大量の絵です。

何も知らないイラストレーターの中には、AIに無断で自分の絵を学習させるのを禁止する!なんてSNSのプロフィールにわざわざ書いている人もいますが、ネットに絵を公開した時点でAIの学習材料になるという事を理解しなければなりません。つまり、特殊な方法をのぞいて、養分になるのは不可避だという事です。

絵のみならず、ネット上に公開されたあらゆるコンテンツはAIの学習材料になります。そしてAIはどんどん賢く創造的になっていきます。

でも、上記のようにAIに学習がゆるされているのは「公開された情報」に限ります。

非公開の情報、つまりプライベート空間の情報は学習対象外になっているのです。

だから家を用意して、その中で生活してもらい、その情報を吸い上げる設備があれば、誰でも老若男女問わず「存在するだけで稼げる」ようになります。家電がネットにつながったように、家電にもAIが入る時代がきます。その時に今まで何の価値もなかった人の情報を吸い上げる価値がでてきます。

プライバシーは新しい価値観

先に話した情報を吸い上げる家というのは、プライバシー権とひきかえに対価をもらうシステムです。これを許容できるかどうかは個人の価値観によります。でもお金がなくなったら多くの人がこれを受け入れるのではないかと思うのです。ディストピア的ですが、これを制限できるものがあるとすれば、それは法律だけです。しかし法律で制限した場合、彼らは稼ぐ術を失います。ベーシックインカムを整備できないのなら、これを禁止する理由を説明しなければなりません。

プライバシー権はとても新しい権利であり価値観です。地域によってもその範囲と強さは違います。しかも一部の国でしかそうした価値観はありません。今でもプライバシーなんてない国は存在します。そもそも時給という時間労働に対する対価という概念が成立するのなら、プライバシー権というものに対する対価という概念が成立してもおかしくないと思っています。これはルールの問題です。もしルールが整備されたらこれは可能です。

私は、将来多くの仕事が失われる時代に、誰でも簡単に稼ぐ方法があるとすれば、と聞かれたら、AIの養分にすすんでなる以外にはないのではないかと思っています。(もしくは日本の田舎で自給自足の生活をするか。でも農業って難しいから誰にでもできることではない。)AIの方が圧倒的に賢くて、しかも驚異的なクリエイティビティをもって、イラストレーターを失業させ、コンテストで優勝してしまうのですから、人間はもう同じ土俵では戦えないのではないかと思っているのです。

今のAIは普通自動車です。普通自動車と競争する人間はいないと思います。ボルトでも負けます。

それが将来スポーツカーになるのが確実視されているのですから、競争するという発想をまず捨てなければなりません。

人間の価値

AIを政治家に置き換えようという話が良く出てきます。ほとんどの仕事をしない政治家よりもAIの方が合理的判断ができて有能だからというのです。しかし本当にそうだろうかと思います。

先のプライバシー権を理由に何かを決定する際、合理的かどうかだけでは判断できないものがあります。非合理的な決定がむしろいいかもしれない、というのが難しいところです。

もし効率性を重視するなら、プライバシー権なんてないほうがあらゆる面ではるかにスピーディーな決定ができます。合理的に判断するなら、中国共産党はもっとも合理的という事ができます。

でも多くの国ではあえて、プライバシー権という新たな権利(ブラックボックス)を作ってまで人々を守ろうとしました。理屈ではないものがそこには存在するからだと思います。

こうした非合理的な判断を責任もってする立場になれるのは、やはり人間しかいないと思います。人間でなければその非合理性の価値や無駄故の意味を理解し得ないのではないかと思います。

人間の価値は人間が決めるしかありません。

将来AIが進化して多くの場面で活用されるようになると、その役割の部分だけ残ります。つまりAIはトップにはなれないが、つねに優秀な補佐として存在するという事です。(とはいえトップになれるのは一つまみです。トップが大量にいるとカオス状態になるからです。人間は我があるので、ピラミッド構造による上下関係を作るのが一番効率的です)

人がいらない時代に人が存在しなければならない理由について考えると、価値観と意思決定というトップのポジションと、AI等のテクノロジーをより優秀にするための養分という下層ポジションくらいしか今のところ思いつきません。あとはテクノロジー企業の商品サービスを貪欲に消費する消費者というポジションです。(ベーシックインカム議論の中には大衆に消費させるためにもこの制度が必要という意見もある)
私は未来について真面目に考えると、決して耳に心地良い事を言えないのです。

ベーシックインカムがなぜこれほど議論されるかというと、こうしたテクノロジーによって淘汰されていく人間の居場所をそれで確保し、ディストピア的な未来を和らげる効果があるからです。

合理性だけを求めたら、この選択肢はありえないのかもしれませんが、人間は合理性以外のところを重視します。

結局、人間はどうしたいのか。という話なのだと思いますが、それは哲学が考えてきた世界です。

人がいらない時代を絶望の時代と解するのか、希望の時代と解するのかでも世界観は変わってきます。

あなたはどのように考えますか?

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