「みいちゃんと山田さん」がアニメ化するらしく、反対運動が起こっています。
私は読んだことがなかったので、それは表現の自由に基づいてどうだろうと思っていました。
でも障碍者を笑いものにする作者の過去の言動や、講談社編集部の倫理観のなさ、作品の断片スクショを見て、これは違う意味で相当やばいなと思いました。少なくともこの作品は、地上波で誰でも見れるような状態は避けるべきだと思います。
OVA等にして買った人しか見れないようにすべきだと思いました。
作品の断片だけ見ても、これは社会派という真摯さとは違う、すさまじい毒を感じました。
社会派漫画かと思ったら、先天的弱者虐待ポルノで、作者と編集部もそれを面白がっている節があります。
おそらくそれで多くの当事者が声を上げているのだと思います。
人の不幸をエンタメ消費して楽しむ編集部
見る前に消えたんですが、ある意味で「よくぞ言ってくれた」です。
社会による障害者の利用法として「感動ポルノ」がある以上、不幸に陥れてカタルシスを得る利用法が存在しないわけはない。その実在を、大手出版社と編集者が認めたわけです。障害者として、私もそういう現実を生きてます。 https://t.co/Ffh99rkNbZ
— みわよしこ/Yoshiko Miwa, a journalist, PhD (@miwachan_info) August 1, 2026
みいちゃんと山田さんが紹介されている講談社の1月の動画から一部を引用します。編集者コメント「みいちゃんが堕ちていくのが見たい」「ポップに罪悪感なく人の不幸が読めちゃう」「バッドエンドが決定しているのに読んじゃう」。公式Xにあった「原作の持つテーマやメッセージ」は言及されていません。 pic.twitter.com/FSChkb0uS0
— 藤井セイラ (@cobta) July 31, 2026
講談社編集部がそろいもそろって、漫画の悪役みたいなこと言ってって、人間の本性は生来悪であるという性悪説を思い出させてくれます。
先天的に障害をもっている人が不幸になっていくのが面白いって、どういう感覚なんだろう、と思いました。(そもそも他人の不幸と自分の状態は通常結び付かない)
自分より下の人間を見ると、一部の人は安心するらしいのですが、それなのかもしれません。
社会をヒエラルキー的に理解する人は自分の位置を意識して、障碍者のような最初から不利な人々を自分より下位に置くことで、自分より下がいるという強い安堵をえるようなのです。
また、共感能力の欠如も疑われます。
子供の頃、ハリウッドの残虐なエンタメ殺戮映画を好んで見てる人を見て、この人は何が面白くてこんなものを好んで消費するのだろうと不思議に思っていました。
自分は殺戮場面で痛みを感じるのですが、おそらくあれを楽しむ人はその痛みを感じないから楽しめるのです。主人公がハンティングのように殺戮し血しぶきがあがる様子を、スポーツ観戦のように手をたたいて楽しそうに見てました。
ミラーニューロンというものが共感能力をつかさどっているのですが、おそらくそれがうまく機能していないのだと思います。
代わりに残虐なシーンを見ることで、ドーパミンが出るので、それを出すためにより残虐なものを好んで消費しているのだと思います。この編集部の人達も、同じようにミラーニューロンが機能していないように見えます。
いじめっ子は、人をいたぶることが快感になります。自分より弱い存在がいたぶられるのを見るとドーパミンが出て、もっとその残虐な様子を見たくなるそうです。もっともっとひどい目にあわせて、弱い存在が泣きわめくのを見たい、というおぞましい衝動について講談社編集部が言語化してくれました。
作品には作者の人間性がにじみでる
藤子F不二雄が、ドラえもんで同じ名前の子供がいじめられないようにあえて変な名前をつけたのとは真逆で、この漫画の作者自身が「みいちゃん」を悪い意味で使ってて、意図してるんだと驚きました。
今まさにアニメ化で危惧されている事は、作者公認の使用方法のようです。
作者は知能に後遺症が残ることを
『みいちゃん化』
と言ってますね引用元pixvhttps://t.co/zmg10QSNk8
アホな魚をみいちゃんみたいな魚とも直球だな
引用元pixvhttps://t.co/CnLgQhMih5
作者がみいちゃんはアホや知的障害がある子だと認識して、かつそのような対象をみいちゃんと呼んでいます pic.twitter.com/YytpsIC3Kk
— あかPAPA (@jiheishode) July 30, 2026
じゃあ先月障害をもつ女の子が裸で泣いてるアクスタを当たりにして商売していたのは何? https://t.co/YsMiZySu3L pic.twitter.com/P7cnfByfpT
— レトロ🌠 (@retro6106) July 27, 2026
社会派小説は昔からたくさんあります。でも難しい題材であるが故に、作者はその問題について真摯に向き合い、自分なりに深く考えて、どうすればこの不幸は救われるのだろうか、と考え抜きます。それが作中に表れ、読者にも同じような問題意識が芽生えます。私は、それを目的にするが故に社会派の扱いにくいテーマを作者は作品の根幹にするのだと思っていたのですが、売れやすいから選ぶという人がいることにまず驚きました。
社会派作品は、作者の倫理観、哲学、人間性が深く問われるジャンルです。
もっとも真摯さが求められるジャンルかもしれません。
世界中で愛されるレ・ミゼラブルや椿姫のように、作品を通して難しい問題を多くの人が真剣に考えて内面化するきっかけにもなります。
でも、作者自身が売れる題材として選んだことをあかしたり、裸で泣くリアルみいちゃんをあえてグッズにしてるのを見ると、…やばすぎる、という感想しか出てきません。最もセンシティブなものを金儲けのおもちゃとして扱っています。
倫理観の底が抜けています。
炎上商法だとしたら大成功だと思います。
この作品は少し前にバズった「100日後に死ぬワニ」の構成を参考にしているらしく、発達障害のあるみいちゃんが最後は死ぬことが確定しています。しかも死ぬまでの間に(断片的にしか見てないのですがそれでも)めちゃくちゃ悲惨でむごい事が繰り返されて闇鍋のようになっていくようなのです。
これは構成と内容の両面から強い悪意を感じますし、救いがないというか作者が最初からバズらせるために殺そうと思って書き始めているので、結果的に障害者はこんなに不幸になるし救えない。という強烈なメッセージを見るものに与えてしまいます。(作者がバズる構造としての死と注目されやすい障害を掛け算した商業作品)
断片的に流れてくる過激な場面を見ただけで、これは社会派作品ではなく、先天的弱者の不幸を楽しむためのポルノだと私は感じました。編集部はみいちゃんを胸糞不幸エンタメとして楽しんでて、作者は侮蔑的にみいちゃん呼びしているので社会派の仮面を使ってブランディングしたりしない方がいいと思います。
当事者がアニメ化に反対するのは当然だと思います。
悪役みたいなことを平気で言う講談社編集部の趣味嗜好が反映されたのかもしれませんが、地上波アニメで子供に見せていい種類の作品ではないと思います。
作者も使っている侮蔑的意図をもった「みいちゃん」というカテゴライズが横行してしまいます。
ゾーニングが必要です。OVAとかにすべきだと思います


























