好き嫌いで仕事を選ぶ必要はない。戦略的仕事の選び方

考え方

こんにちは、蒼生です。

今は好きを仕事にしよう!というスローガンが強すぎて(たぶん最初はYOUTUBE、世界のGoogleだけあって刺さる言葉を分かってる!)

本当は別に好き嫌いをはっきりさせて仕事を選ぶ必要はないし、

好き嫌いで選ぶのはむしろリスクが高いです。

比較優位による職業選択について説明していきます。

ほとんどの人は好き嫌いの価値観が定まっていない

ほとんどの人にとって、好き嫌いはかなりふわふわした曖昧な感覚なのです。

その時々で変わる快不快の感覚なのです。

対して、好きな事を仕事にできた人の好き嫌いは鋼のようです。好きの強度が強いので、何があっても揺らぎません。揺らがないから仕事にできてしかも嫌な事があっても続けられるのです。

具体的に言うと、好きな事で仕事をする人たちは快不快のようなふわふわした感覚ではなく、どんな事があってもそれは自分にとってプラスか少なくとも大したことはないと思えるような人たちです。

例えるなら筋トレで筋肉痛がおきて、これで筋肉がもっとつくと喜んでいるような人達です。

逆にフワフワした快不快の感覚で好き嫌いの人たちは筋肉痛がしんどくて、筋トレをすぐにやめてしまうような感じです。

これは筋肉痛であれば痛みのリターンが明らかなので多くの人が耐えられますが、人生の痛みに対して何がリターンなのかはほとんど見えません。なので耐えられない人が続出します。

どんな事があっても好きな事でやり抜くという決意を固めた人はもうそれでいいんですが、

ほとんどの人はそんな荊の道を望んでいません。[ad]

好きなことを仕事にしようかな、と考える人のかなりの割合が

嫌な事で仕事をするよりそっちの方が楽そうだなというかなりふわふわした感じの人が相当います。

だから本当は「好きな事で仕事をしたいとも思っていない」場合があります。

これは「え!?」と思われるかもしれませんが、ほとんどの人は自分の本当の欲求が分かっていません。死ぬまで分からずに暮らしている場合もあります。

たとえば本当は好きな女性に愛されて幸せに暮らしたかっただけなのに、無理して大金持ちになって結果的に女性を失ってしまった(グレートギャツビー)という話は多くの人に似たような経験を思い起こさせます。

現実でも、感情は自分に対して嘘をつくのです。

その嘘を本当だと思って、好きな事を仕事にしようとして大きな遠回りをしてしまう人はいっぱいいます。

好きな事を仕事にしたい人は求道者に近い性質の人です。

でも大多数はもっと楽に成功したいだけで、あえていばらの道を通りたいわけではありません。

それにふわふわした快不快で仕事を決めようとしている人の場合、そもそもの選択肢がとても少ない可能性があります。

子供のなりたい職業の中にファイナンシャルプランナーとか遺跡発掘学者とかがいないのを見れば分かると思います。

かなり内省的な人なら好き嫌いを分析してふわふわした感覚から絶対的な感覚で好きを確信できますが、ほとんどの人はそうではないのでそれが分かりません。

だから自分探しの旅に出かけたり、仕事を転々としていたりしてこれでもないあれでもないと悩んでいます。

好き嫌いはものすごく主観的で感情的なワードです。つまり先にも言ったように感情のウソが発生しやすいものです。

それにこれ自体が哲学ジャンルです。確固としていれば一生持っていける価値観ですが、ふわふわした価値観の場合一蓮托生するにはリスクが大きすぎます。

だからもっと低リスクで可能性のある事をしましょう。

ほとんどの人は好きな事をやり抜きたいのではなく、仕事を通して自己重要感を感じたいだけ

そもそも好き嫌いとは感情的に白黒つけるものです。

感情的に白黒をつけると、嫌なものには近づかなくなります。それが第一のリスクです。

ほとんどの人は世の中はそんなに単純じゃないし、嫌な仕事だと思っていたのにやってみたら意外と面白かったという、自分が単に知らなかっただけという経験を沢山しています。

だから好き嫌いで仕事を選ぶのは選択肢を自ら狭めてしまうという意味でも大変大きなリスクなのです。

ほとんどの人が仕事に求めるのは

①自分の行動によって成果を出し

②その行動の結果他者に貢献し

③それによって感謝されて自己重要感を感じたい。

だけです。

様々な例で、結局仕事における幸せってこれなんだと分かります。

であれば好き嫌いで決めた仕事で荊の道を歩きながら自分探しをして時間を浪費するよりも、最短距離で結果を出す方法があります。

それが以降で説明する比較優位による職業決定です。

他人よりも楽に成果を出せる分野を探し

それを仕事にすれば①②③全部が叶いやすくなります。

好き嫌いより比較優位で仕事を選ぶ

比較優位というのは経済学者リカードが唱えた説です。

例えばアメリカも日本も生産物には得意不得意があります。アメリカの大規模農場で作られる綿花の事を考えると、日本はとても太刀打ちできそうにありません。

でも、もしそれぞれの国が得意分野に特化したら世界の生産量はあがるんじゃないか?と考えたのが比較優位による分業という考え方です。

リカードはこれを貿易でやったらどうかと考えました。

でも国家単位で考えると食料自給率はどうするんだとか、そう比較優位をもとに産業を単一にするのはリスクが大きすぎる等の面があってあまり使われません。

国家のような大きすぎる単位では比較優位はややリスクなのです。

でも、個人や企業単位であれば、これはごく普通です。

現実社会では、我々は普通に比較優位に基づいた職業選択をしているのです。

例えば料理が得意な人はレストランでシェフになり、プログラムが得意な人はプログラマーになり、法律の知識が抜群にある人は弁護士やその知識がいきる職業につきます。

仕事の上でも皆比較優位で何かしら他人より優れた点を活かして仕事をするので

結果、それぞれの専門性を深めて分業しあい社会全体の生産性をあげています。

自分が普通にできる事でも他人にとってはひどく苦手な事というのはけっこうあります。そういう風に自分は楽にできるけど、他人は出来ないという事があった場合、相互に助け合う事が可能です。すべてにおいて抜群の成果を出せる人はあまりいないからです。

仮に頑張ればできる事でも時間や学習コストという面から、他人に任せたほうが全体の生産性が上がるというケースは無数にあります。

例えば最近は掃除のプロフェッショナルが掃除をするというサービスがとても人気があるそうです。掃除だけに限っても苦手な人と得意な人がいます。もし得意な人が苦手な人を助けてあげれば相互の生産性をあげられます。

経済とはそのような相互補完により成り立ってきたのです。

比較優位で仕事を選択した場合

①自分の行動によって成果を出し

②その行動の結果他者に貢献し

③それによって感謝されて自己重要感を感じる。

この三つすべての結果を出しやすくなります。

仕事に愛着を感じられるかどうかは、

結局この三つすべてが満たされるかどうかにかかっています。

だからほとんどの人は好き嫌いで仕事を選んでも幸せになれなかったり、

この三つを得られるまでに異常に時間がかかったりしてしまうのです。

 

個人より大きな企業という単位で考えてもそうです。企業となると個人よりも信念が固まっている場合がほとんどなのでそのリスクはあまりありませんが

比較優位という考え方は有効です。

仮に一つの企業が化粧品を作りながら建設業もやって、投資コンサルもやって、あと配送業にもチャレンジして畑ももって野菜育てようなんていうのは、手広くやりすぎて逆に生産性が下がります。

我々は限られたリソースをいかに効率よく使うかという選択の結果

人生においては比較優位に基づいた選択を常にしているのです。

比較優位は常に相対的なもの

比較優位という言葉からも分かる通り、それは常に相対的なものです。

掃除のプロは、掃除が苦手な人よりは優位なので手伝ってあげることができますが

直属の上司や、こんまりには負けるかもしれません。

だから自分の能力が生きるような環境を選ぶことが何よりも大切ですし、その専門性を高める必要があります。

好き嫌いで仕事をする罠

自分も比較優位をもとに絵で稼ぎ始めた人間です。

いつも言っている事ですが私は別に絵が好きなんじゃなくて、単に楽に絵が描けただけなんです。(好きが高じて仕事をしているとよく誤解されますが、違います。単に合理的判断をしただけです。好き嫌いで選択したら私はこの仕事を選んでいません)

子供のころからよく名画を見ていたので、客観的に見て自分には才能ないなという事は割とフランクに判断できました。(比較対象は常に名画でしたから)それにこのレベルに到達しても、得られるものは私の望むものではないと判断できたので、絵で稼ぐなんて積極的に考えた事なんてありませんでした。(たまに小遣いは稼いでましたが)

大人になって、客観的に見てこれだったら比較優位で自分の方が楽にクオリティの高いものを作れると判断したのでやってみたら本当に稼げただけです。美術系の学校なんていった事ないし、ソフト買って半月くらい勉強しただけです。絵は技術なのでその程度の学習コストで済むのが最大のメリットです。

(よく好きな仕事に就けないという話がありますが、たぶんその人の比較優位は違う所にあるのです。誰でも、こういう風に他人より楽して結果を出せる分野を持っています。戦略的にそれを探した方が皆楽して生産性高く生きていけます。好き嫌いによる選択は正しい判断を阻害するのでリスクです。株だって好き嫌いで買わないじゃないですか)

なので仕事では絵を描く事に全くこだわりがありません。

好きを仕事にしてしまった人とはこれが大きな違いだと思います。でも知人の作曲家でもこういう人は結構います。仕事ができる人は自分の我を仕事で出しません。

仕事の基本は他人ができない事を自分がやることで報酬をもらうことです。

私は割と器用なので色々な絵柄で絵を描けます。以前もクライアントがこういう絵柄が希望だといって出してきた絵は一度も描いたことが無い絵柄でしたがすぐにその絵柄で描きなおして提出しました。

クライアントは、そうそう!と満足していました。私は技術を提供しているだけなので全然それで構いません。

でも好きを仕事にしてしまったイラストレーターだったらたぶん怒り心頭案件です。

こういうこだわりのなさと器用さが私にとっての比較優位なのかもしれません。

好きな事を仕事にしてしまった人は絵が好きすぎて、自分の作品を認めてほしくてその仕事を選んでしまった人が多いので、自分の作品が認めてもらえないと怒り始めます。「自分の好きな事ができなくて鬱になった」とかいう変な話もよく聞きますが、

クライアントからお金をもらって仕事をしているのに、なんで他人のお金を使って趣味活動に走ろうとしてるのか私には意味不明です。

クライアントが依頼をしてくるときは何か目的があります。その目的にそっていなければ当然リテイクです。(部分からは全体が見えにくいので、相互理解が欠けているとどうしてもリテイクはおこってしまいますが、それに怒りだすのは間違いです)

リスクは負いたくない、でも好きな事はしたい。他人がお金を運んできて(クライアント)、それで自己表現だけしたいというその考え方がまず間違っているんです。

こういう人は考え方と仕事の場を間違っているので変えた方がいいでしょう。

もし好きな事だけをしたければ、今私がゲームを自費で作っているように自分で全部のリスクを背負って好き勝手作ればいいのです。

その場合、自分のお金でやってるので誰にも文句は言われません。

インディーズゲームなら(ただひとの場合ですが体験版は)100万以内で出来そうなのでそんなに高くもありません。

(今作曲AIや歴史的名画に似せて描ける絵描きAIとかがものすごく進歩しているらしく、技術がそこそこだったり、コミュニケーションがとれなくてこだわりが強すぎるめんどくさい人というのは、将来的にこういうのに置き換わっていくのかなと思いました。私も作曲AI使ってみたいです)

比較優位は最短距離で成功に近づくが、絶対ではない

好き嫌いという主観と感情で選ぶと、不幸になる場合があると言いました。

では比較優位で仕事を選べば必ず幸せになれるかというとそうとも限りません。

何事も絶対という事はありえないのです。

スポーツ選手等は圧倒的努力で並みいるライバルたちよりも優位になって夢をかなえますが、そこまで好きの強度が強くない人はまず気持ち的に敗退していきます。

でも好き嫌い関係なく、客観的に見てどこかの面が他人より比較優位であれば

絶対社会の中でその能力は役に立ちますし他者に貢献できます。

気づけばいつも、どこかからあなたの能力を求めて声がかかるようになります。

比較優位による職業選択は成功には近づきますが

人間は割と飽きやすいので「飽きる」というリスクがあります。

比較優位というだけあって本人にとっては割と楽な仕事なのです。

まさに自分がそうです。

チクセント・ミハイのフロー状態という言葉をご存知でしょうか。

 

Wikipdia

縦軸が難易度で、横軸が能力です。フロー状態が最高の状態とされます。

 

比較優位に基づく職業選択の場合、スキルレベルは常に高い状態ですが難易度は低くなりがちです。つまり飽きやすいのです。

仕事に愛着を持てれば、自分から難易度をあげようと挑戦することができます。その場合はスキルも高く、常にやりがいを感じて仕事に取り組めるのでフローや覚醒の状態をさまよい、常に最高の状態です。

でも自分のように、別に絵を描くのが好きなわけでもないし、比較優位で稼げるようになっただけという、超意識低い系の人間にとって、これは無理です。

全くやる気が起きません。

そういう時は別の要素で難易度を上げる必要があります。

転職のようなものです。

藤原和博さんの「100万人に一人理論」をご存知でしょうか。

100万人に1人というのはオリンピック選手のように一世代に一人の希少価値です。

つまり、非常に貴重な存在ということです。オリンピック選手がそんなにいないのを見ればわかる通り、普通は一つのことで100万人に1人の希少価値にまではなれません。

でも藤原和弘さんは誰でも100万人に1人になれる方法を提唱しています。

それは肩書を三つ持つという事です。一つの肩書が100人に1人の希少価値だとして、それが3つもあれば

100×100×100で誰でも100万人に1人になれる。というシンプルな理論です。

これは希少価値を上げるという意味で提唱されていますが、

比較優位で仕事を選んだ結果、仕事が楽すぎて苦痛になってしまった人間にとっては、他の事をやりながらなんかプラスに働くらしいという、援護射撃理論なので

積極的に活用していきましょう。

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

藤原和博の必ず食える1%の人になる方法 [ 藤原和博 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/6/4時点)

 

楽天で購入

 

[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]

多動力 全産業の“タテの壁”が溶けたこの時代の必須スキル [ 堀江貴文 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/6/5時点)

 

楽天で購入

 

比較優位で仕事を選んだ人の場合、

本当に簡単に結果を出せます。

他人ができないことをうまくやるので感謝もされます。

でも難易度が低すぎるので飽きやすいです。

そういう時は他の方面の能力を伸ばしましょう。そうすればフローの縦軸の難易度があがるので再び熱中できるようになります。

人生においては成長出来ない事が最大のリスク

先述した通り、比較優位のデメリットは飽きやすい事です。

でも飽きても他の事に挑戦してキャリアの幅を広げればいいだけなので、

むしろプラスです。

仕事自体は比較優位の結果求められるし上手くできるので、収入面も困らないでしょう。それにその能力を他の分野でも活かすことができるかもしれません。

これが好き嫌いで仕事を選んだときと比較した際の大きな違いです。

好き嫌いで仕事を選ぶと周囲に求められない場合が圧倒的に多いので、

収入にも困り、次の分野に挑戦するフェーズにもなかなかたどり着けなくなります。

好き嫌いによる選択がリスクなのは選択肢を狭めるからです。

そして同じ理由で、収入が得られないと選択肢が異常に狭くなってしまうので大変なリスクです。経済的不安は思考力を大幅に下げる事がわかっています。

それに経済的理由で本当にやりたい事ができなくなってしまいます。

成長するためには様々な可能性を選択できる

感情的、経済的、時間的余裕が必要です。

そのために比較優位による選択肢は常にあるべきだと思うのです。

他人より楽して結果を出せる分野は誰にでもあります。その分野を探しさえすれば

誰でも楽ができます。それを利用すればいいじゃないですか。

そして飽きたら仕事を変えてキャリアの幅を広げたらいいんです。

 

それに仕事なんて、別に一つの事にずっと取り組む必要はないのです。

日本マイクロソフトの社長 成毛眞さんだって「飽きたから辞める」って言ってやめたんだから、仕事飽きたら辞めてもっと他のことに挑戦したらいいんです。

その方が個人の成長につながり、社会にとっても有益です。

知識横断型の人間が求められていく

それに様々な分野を横断して、

一つに統合する能力を持った人間がこれからは求められます

単一の専門知識であれば、今の時代ほとんどがググって終了。本当にすごい時代です。

であれば、求められるのは専門的でありながら、横断的な知識をもち、それをもとに判断する能力です。

イーロンマスクがニューロリンクという、スマホにアプリ入れる感覚で人間をAIに匹敵する超人にできるような技術を作ってしまったらしいのですが、(彼に言わせるとこの方法以外に人間がAIという悪魔を制御する方法はないらしい)

そう考えたときに人間はその超人化した能力をどうやって使えばいいのだろうと、思うのです。

たぶん勉強しなくてもあらゆる分野の専門知識をインストールしようと思えばインストールできてしまいます。(今もスマホのおかげで特別勉強しなくてもそんな感じですが)知の飽和は、現在でも起こっていますが、

デフォルトで東大の全科目を満点でとれるレベルの知識を入れられた場合、より大切になってくるのは判断力の方です。知識をいかに取捨選択し、扱う事ができるかという能力の方です。

今だって、人間は脳のほとんどを使えていません。使う必要がないからです。

知識をいっぱい入れて、能力的に超人レベルになっても、おそらくほとんどの人はその必要がない生活を望むのではないかと思います。(ただ困りにくくはなるでしょう)

冷蔵庫は巨大になってあらゆる食材を入れられるようになったが、料理人がもやし炒めしか作れない。みたいな事になっては勿体ない。

料理のレパートリーを増やすためには、その知の扱いについて多少は努力をして扱い方を学ぶ必要があるのではないかと思います。

そういう事を考えたときにも、多分野への横断的な知識と経験は早いうちから

行っておいた方がいいのではないかと思うのです。

何をもって比較優位と判断するべきか

比較優位を判断するのは、好き嫌いを判断するよりも客観的で簡単です。

まず他人がいればokです。

誰かよりも自分が優れている分野というのは間違いなくあります。そのためにもあらゆる年齢、あらゆる人と比較するのが手っ取り早いです。

一番分かりやすい例でいえば、今の小学生は皆当たり前にスマホが使えますが50代60代になると、スマホが使えない人がまだいっぱいいます。

スマホが使えるというのは同年代の中では全く価値がない能力ですが、年代を変えると貴重な能力になる可能性があります。うまく教えてあげることができればビジネスにもなるかもしれません。

他にも掃除とか話術とか、とにかく比較して優位であるという事は客観的に判断できるので間違いがありませんし、できない人がいる時点でビジネスチャンスになります。何故ならその人の問題を自分が取り除いてあげることができるからです。

 

もし、自分は他人と比べて何が比較優位か分からないというときは

付き合っている人の数が少なすぎるか、質が均一すぎるのが問題なのです。

あらゆる場所に行ってあらゆる人と自分を比較してみましょう。

そしてその中で何が比較優位で何が比較劣位か自分を客観的に見る目も養われていきます。

(苦手な事を知ることも重要です。苦手な事は比較優位な人に任せましょう)

見つかったときはそれに挑戦してみるといいでしょう。

そして飽きたら、その能力が生きるような他の分野にも挑戦してみましょう。

▼メルマガ 最新の情報などをお伝えします。

▼支援▼ ご支援をお待ちしております!

PayPal  を通じて寄付する。Pringで投げ銭する。蒼生ID:NF3gb19u
Patreon で継続的に支援する

AMAZON欲しいものリスト 

Kindle Unlimited

Twitter 

●YOUTUBEチャンネル 開発状況等をUP

小説・楽譜・ゲーム等は SOUSEI ONLINE SHOP から購入できます。

音声コンテンツ、ただひとプロット版を朗読したものは himalaya(音声コンテンツ)に登録中。

NOTE ブログの過去記事など 

タイトルとURLをコピーしました