日本で寄付文化を根付かせるために。kifutownについて

BLOG考え方

こんにちは、蒼生です。

前澤さんがkifutownという独自サービスを開発してリリースしたそうです。

これについてオードリー・タンが影響を受けたというモデルXとからめて書いていきます。

 

欧米で寄付が活発な理由

ロックフェラーはまだ富豪と呼ばれる以前の、平均的な収入しかなかった時代から、収入の十分の一を寄付するという事をやっていました。

そしてそれは貧しい時代からかわらず、大富豪と呼ばれるようになっても収入の十分の一を寄付しつづけました。

ロックフェラーの動機の背景は厚い信仰心にあります。

キリスト教、特にプロテスタントでは仕事は神からの「召命」なので、一生懸命働きます。一生懸命働いた結果、当然多くの富を得ることになります。けれどプロテスタント的な価値観ではいわゆる贅沢を良しとはしていません。だから稼いだお金をせっせと寄付する人が現れます。

つまり彼らは、神様から与えられた仕事を一生懸命やって、さらに神様を喜ばせるために寄付をします。

彼らは働くことと寄付をすることの両方が喜びらしいのです。(両方とも神様を喜ばせる行為だから)

キリスト教徒はカトリック、プロテスタント問わず、寄付や不幸な境遇の人への支援に熱心です。聖書がそうしたことをすすめているからです。

キリスト教徒以外の信仰を持っている人々もおおむね寄付には積極的です。イスラム教徒はラマダンで貧者の気持ちを理解するようになり、すすんでザカート(寄付)を行いますし、仏教徒も喜捨(きしゃ)を行います。

日本の仏教は葬式仏教なので(葬式の時だけ仏教徒になる)ふつうの仏教徒が持っている価値観を持っていない、または知らない人が多いです。そのせいか寄付に対しては非常に消極的ですし、寄付を偽善だという人までいます。(有名人が多額の寄付をすると売名行為だという人まで出てくる!)

海外で寄付文化が根付いているのは、各宗教が何千年ものあいだ優れた思想を社会の中に溶けこませてきた結果です。

日本人はクリスマスを祝って、初詣にいって、葬式でお経を聞くというような独特の文化を持っているので(宗教をイベントとして使っている)

本来あるべきはずだった思想的な土台がまったくありません。

だから寄付を理解できない人がたくさんいます。

各宗教は、なぜこぞって寄付をすすめるのか

人間は、自分の富を蓄えてあかの他人と分かち合いたくない。と本来は思います。

だから日本人の中に寄付を打算的な行為とみなしたり、何か裏がある。と考える人が多くいるのは、なにも不思議なことではありません。

寄付というのは人間が本来持っている自然な感情(動物的感情)に反する行為だからです。

各宗教はそうした本来人間がもっている動物的な感情を抑制する仕組みとして生まれ、発展してきました。  (人間2.0

宗教をサピエンス全史的に考えると「各人が協力するための共同幻想」です。

それも個々人の利益よりも共同体利益を優先するための共同幻想です。

神という絶対的強者の喜ぶ姿を想定することで、脱個人的な幸福をすすめています。

独占したいという欲求から、分かち合った方が得だという考えに自然に向かうよう、各宗教は教えています。

プロテスタントの

仕事を召命とする考え方も、そしてその利益をまわりに還元した方がいいという考え方も

このどちらもが脱個人的(脱動物的)で、自我をこえています。そして共同体にとってとてもメリットが大きい考え方です。

(だからプロテスタントは資本主義を生みだし発展させたと言われる)

でも特定の宗教が根付かなかった日本では、脱個人の幸福思想がひろまっていません。

そしてだからこそ、寄付という行為に違和感を持つ人が多く、文化としては根付きにくくなっています。

 

日本のGDPに占める寄付金の割合は 0.22% 2011年東日本大震災の時に一時的に増えたらしいけど、すぐにまた減った。

富の再分配を個人でやるのは不可能

よく前澤さんの企画に、行政が行う富の再分配の精度でちゃんとやってくれ!的なコメントが来るようです。

多額のお金を無差別にばらまくから来てしまう意見なのでしょうが…

結論から言うと、個人で富の再分配を行う事は不可能です。

一つは財源が足りないから。 

もう一つはどこに分配すればいいかの情報を個人で取得するのは無理だから。 

日本国は毎年60兆円以上の財源をどうやって分配するかを国会で決めています。

また政府はマイナンバーを発行したり、各人の生活状況の聞き取りや必要な調査等を行う事ができます。それによって予算を配分したり、セーフティネットで助けられる人がいるときは助けます。個人でこんなことはできませんし、国がやっていることを個人でやるのは非効率です。

国家は巨大なサービス機関なので、分配に不満がある人は選挙にいくか、政治家に意見すべきです。

 

そもそも、お金持ちというのは働いて得たお金を100%自分の懐に入れる事はできません。

だいたい稼いだお金の半分くらいを国におさめているのです。その時点で大変な功労です。

他人のためにボランティアで何か月もタダで働いているといってもいい状態です。(ちょっと自分に置き換えて想像してみてほしい)

多額の税金をひかれて残ったお金がやっと個人の資産になります。

日本ではお金持ちや高額納税者を悪く言う人がなぜか多いですが、この事実をシンプルに「知らないから」だと思います。

 

そのすでに多額の納税をした後のお金=個人資産から寄付をしているのが前澤さんです。

前澤さんの寄付企画に対して、貴族が恣意的に当選者を選んでお金をあげてる、公平ではない的な批判をする人がいますが

その前に「国に多額の納税をしてる(=再分配の財源)」ので、その批判は前提を理解していないうえに的外れです。

個人の資産をどう使おうが、はっきりいってそれは個人の自由です。

そこにまで再分配を求めるのは、おそらく言ってる本人も自覚してないんでしょうが、社会主義的な私有財産の否定です。

それは自由主義国家の人間がいう言葉ではありません。

(でも結局個人で富の再分配はできないので、やるなら最初からみんな税率90%とかにしないと無理)

それでも個人がお金を寄付する意味

塔のてっぺんからあたりを見下ろすと大局的な観点から、物事を理解し対策をうつことができます。

しかし、塔のてっぺんからは、屋根の陰や道端のくぼみに気づくことはできません。

逆に地上からは、そのあたり一帯がどのような姿なのか、地形的にどんな問題がおこりうるかを理解する事はできません。

これはマクロとミクロの違いです。

そしてマクロとミクロそれぞれに、対策が必要です。

行政サービスというのは、いわずもがな大きな視点から行われるものです。だから痒いところに手が届かないという事は往々にして起こります。

行政のサービスにその小回りを求めるよりも、もっと機動力があってきめ細やかな対応ができる民間や個人でその問題を解決してしまった方がいいとして、多くのNPOが活動しています。

個人が行う寄付は、ミクロの問題を解決することにこそ意味があります。

つまり選択的で(アンチ訳:恣意的)集中的(アンチ訳:偏っている)である必要があります。

個人の寄付額は少ないので選択と集中が必要です。

それを決めるのは、個人の関心です。

個人が解決したいと思う問題に対して、集中的にアプローチすることでミクロの問題は解決されるからです。

そしてこれはマクロ視点から行われる富の再分配にはできない事です。

なぜか人間は、与える事で幸福を感じるように進化している

人間は集団生活をするので、非協力的な人間を排除し、協力的な人間とだけ群れをつくるように本来できています。

チンパンジーは狩に参加しなかった固体にも、成果物(餌)を分け与えますが、人間はこれをせず、働かざるもの食うべからずという罰し方をするように進化しています。こういうズルや怠け者を憎む性質は幼い子供にも見られる人間的な特徴だそうです。

狩は危険なのでそれに協力しない固体を罰しないと群れ全体が生き残れないから、協力を称賛し、非協力的な固体を排除するようにしているのではないかと言われています。

しかし、こうした狭量な性質が生まれつきあるにも関わらず

なぜか人間は自分が持っているものを他者に分け与えると幸福を感じるようにも進化しています。

これは特定の文化や人種といったくくりではなく、全体的にみられるもののようで、

分け与えた事がある人なら「確かに」と思う部分があるはずです。

これは、人間が社会的な動物だからこそ、個人にとって不利益な事をあえて行う事で

意識が共同体概念を作り始めるからではないかと思っています。

特定の宗教は神の国や徳をつむといった言葉でそうした行為を称賛してきましたが、

そうではなくても人間の本質を刺激すれば同じ結果になるのではないかと思います。

 

寄付は動物的な意味での個人の利益に反します。

それを進んで行う事で、認知的不協和が発生し、個人を超えたものへの貢献を自覚し始めます。

共同体概念は人間だけがもつ特別な物語です。社会、国家、コミュニティ、人類等といったダンバー数(100人位の群れ)を超えた共同体概念に個人が貢献できることは、社会的な動物だからこその幸福感覚なのかもしれません。

この幸福感覚を持っている人は、ギバーと呼ばれ、

返報性の法則によって与えた以上のものを得るようになっていきます。

与えるものは受ける、というのは全世界的にみられる法則のようで、だからギバーはよりギバーになっていきます。

寄付をすると罵られる謎文化を持つ日本

寄付を文化としてとらえた場合、そこには何かしらのメリットが個人と相手双方にとって必要になります。

でなければ文化といえるほどの持続性を持てません。

寄付文化が根付いている国では精神的なメリット(信仰や社会的尊敬)も節税的なメリットも両方あるようです。

(日本は対象団体をもっと増やしたらいいと思う。あとアメリカの所得控除50%はすごいなって思った)

日本では寄付する人が少数派すぎるせいか、有名人が多額の寄付をすると決まって「売名行為」という誹りが沸き上がってきます。

これで気分を悪くする有名人もたくさんいるはずです。街頭の募金活動に対しても、裏で目的外の事に使っている、とかやくざの資金源。といった根拠不明の話をでっちあげて流布する人もいるくらいです。

このような状況なので、日本では寄付をする精神的メリットが不十分です。

社会的尊敬どころか、多額の寄付をすることで日本では誹謗中傷を集めて、変に目立ってしまうので、したくても寄付出来ない人は多くいるはずです。

日本では見返りのある取引が一般的なので、見返りを求めない取引が多くの人には理解できないせいかもしれません。

(ふるさと納税とかも。あんなプレゼント合戦みたいなこと、本当にやめればいいのに。自治体の間で徴税格差がうまれてしまう)

でも、kifutownやヤフー募金のような気軽にできるものが増えて、利用者も増えていけば寄付行為を罵る人も少なくなるのではないかと思います。

一貫性の観点から、自分もやったことがある行為を否定することは難しいからです。

交換モデルX

ここでようやく「モデルX」の登場です。TESLAの車じゃありません。

柄谷行人が提唱する交換モデルのことです。

私はこれをオードリー・タンの本の中で知りました。だからタンの本から逆輸入した形です。

kifutownというサービスを前澤さんが始めたときに、それに面白さを感じたのはこれが理由です。

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縦軸を相互の関係性(知っているか否か、近いか遠いか)

横軸を交換に対する見返り(対等な交換か、一方的か)

として、知らない人と見返りの関係にならない交換様式を「モデルX」としています。

知らない人と見返りの関係にならない交換モデルXは、今まではマッチングの問題でなかなかできなかったことのようです。

ですがインターネットが発達し不特定多数と気軽に関係を構築できるようになった今

それができるようになった、とオードリー・タンは考えているようです。

私も、交換モデルXを知り、これは今後必要な交換モデルだと思いました。

何故なら市場経済にまかせると格差が広がるし(C)、一部のインフルエンサーが掲げる評価経済(A)といった市場経済よりも残酷なやり方では評価を十分に持たない人はより貧しくなります。場合によっては排除の力が働きやすくなります。評価経済で村長になれるのは一つまみの人間だけで、それ以外の村人はとても不幸な状態になります。それをさけようとポピュリズム的な悪しき行動をとる人も増えてくるでしょうし、そうした状態はソフィストが跋扈した古代ギリシャのように社会を弱くします。

だからといって富の再分配(B)を十分に行えるほど、日本の税収はないし、少子高齢化がすすめば今よりももっと厳しい状態になるはずです。

今後増えるであろう独居老人や核家族といった孤立した存在は、村社会がもっていた共助(A)を受けられない状態になりますが、政府が彼らを十分に支援できるほどセーフティネットの網を細かくするというのは、今後あまり期待できません。

だから村社会や村共同体の復活を切望する人もいますが、それは時代錯誤な希望です。

そもそも、人間はたくさんいるのに、知っている人間しか助けないという状態(A)は馬鹿げています。

ちなみに私はAの交換モデルが一番嫌いです。打算的で一番人間的(悪い意味で)だからです。(返礼しないと村八分になる)

これらの理由から見ず知らずの相手との見返りを求めない交換モデルXによる分配が必要と考えます。

なぜならあらゆる非対称性が社会を閉塞へと向かわせるからです。

数年前おきたアメリカの99%運動は、一つまみの人々が富を独占している事への抗議からはじまりウォール街を占拠しました。

 “We are the 99%”

この運動自体は問題の解決へは結びつきませんでしたが、のちにトランプ大統領を生みだす原動力になったのではと言われています。(サンダースを支持していた人々の多くは、なぜかヒラリーではなくトランプを支持したらしい。ヒラリーを1%だと感じたからとか…トランプの方がそう感じるけど…)

それから、今19世紀末から20世紀前半の日本の歴史を説明する本を読んでいるのですが

帝政ロシアでは富の非対称によって不満が爆発して革命がおこり、日本では情報の非対称によって国民が自国の動きと立場を正確に理解できずに理不尽な暴動を起こしています。(ちゃんと説明すればいいのに、と思うけど日本政府は今も昔も国民にちゃんと説明するのが苦手らしい)

富と情報のうち、情報の非対称性はインターネットのおかげでかなり緩和されてきていると思います。

誰でも発信者になれるようになりましたし、もし間違った情報があったとしても、すぐに誰かが訂正できるようになりました。

昔は学ぶのにかなりお金が必要でしたが、今は知ろうと思えば、最高の知識に誰でも簡単にアクセスできるようになりました。

(好みのせいで仕入れている情報が人によってかなり偏っているという問題はありますが、それはまたこれとは違うパーソナルな問題です)

知識においては、赤の他人と見返りの関係にならない贈与、交換モデルXはかなり普及しています。

YouTubeは、再生数はそんなに回らないけれど、とても重要な存在として教育チャンネルを積極的に応援しているそうです。本当は皆、生まれつき平等ではない。内 YouTubeの挑戦

教育チャンネルYouTuberのイベントも開催するくらいです。それは誰でも無料で最高の知識を学ぶことができる環境をつくりたいからという理念に基づくもののようで、YouTubeはネット上の図書館のように、誰でも学びたければ数学でも物理でも現代文でも外国語でも、なんでも学べる環境を作りたいようです。

YouTube上では、最近医師や学者や士業他、非常に専門的な人のチャンネルも増えてきています。彼らはセミナーを開けば参加費、または視聴料としてお金をもらえるような内容まで無料でYouTubeで話してくれています。そしてYouTubeが広告料の一部を還元することでそれを促進しています。

情報や知識のようないくら渡しても減らないものは交換モデルXが成り立ちやすい分野だからです。

 

でもお金は目に見えて減るので、知識のように気前よくとはなかなかなりません。

でも非対称性によって、人々が強い不満を持ち大きな問題に発展するのもお金です。

個人の幸福から共同体としての幸福感覚へ

交換モデルXをお金で行う場合、与える側にも何かメリットが必要です。

すくなくとも、精神的な見返りが必要になります。

与える事それ自体が個人の幸せにつながる、という人間本来が持っている不思議な感覚を起動させるには

少なくとも寄付を罵る人を今よりももっと減らさないといけません。

でなければ、寄付をした結果、恥の感覚をもつことになります。

 

日本人は個人の成功を喜ばない人が多いようです。そのため他人に与えるほど多く持っているという嫉妬がそうした行為を生んでしまうのかもしれません。

でも、日本人の多くは集団に対して従順な感覚を持っています。だからこそ、共同体幻想によってそれを封じ込めることができると考えます。

寄付というのは、脱個人的、または無私の行為であり、寄付によって他者が利益を得ることになります。

交換モデルXでは「信頼を築いてから贈与する」という通常の流れを逆転させます。

「贈与が信頼の契機になる」という流れです。それによって何もないところからあらゆる人と相互の信頼関係を作っていきます。

 

見知らぬ誰かからの見返りを求めない贈与というのは、受け手にとってはその見知らぬ誰かを含む共同体への信頼につながります。

そして与えられた誰かの一部は、その信頼をもとに自分でも似たような事をしようと思い始めます。

信頼できる共同体の維持と発展のためにそれがプラスだからです。

この共同体幻想への連帯と貢献を、〇〇愛と呼ぶのだと思います。

共同体幻想を持つ人が増えると、その共同体は強くなります。(また、的外れな中傷に対しては構成員が反撃するので罵られにくくなります)

共同体を、国とする人もいるでしょうし、社会や何かのコミュニティや、特定の傾向を持ったグループとする人もいると思います。

ほとんどの人間は何かに所属することで安心感を求めています。

だからモデルXをお金で行う場合、贈与を契機とした信頼の構築によってその安心感を与えることもできます。

また与える側は、寄付という貢献によってその共同体を何等かの形で発展させることができます。

 

この共同体幻想を形作るのは主に「物語」です。

全員が共有するストーリーが、共同体幻想を維持しています。

だから目的型の寄付はストーリーが明確で支援を受けやすくなりますし、支援者も支援される側もそのストーリーを共有できます。

たとえば、貧困家庭支援とかは寄付をした結果がストーリーとして誰の脳裏にも浮かびます。

そして寄付をした結果社会がどんなリターンを得るのかも想像が容易です。

そういう時、寄付という無私の行為が共同体にとってどんなメリットがあるのかが分かりやすく、その行為に誰しも価値を認めやすくなります。

これは寄付する側にとっても大事ですし、

寄付を批判する側への対外広報としても効果があります。

目的

ストーリー

効果・結果

もし一つだけというなら、この三つのうち、少なくとも目的が表示されているといいのではと思います。

 

前澤さんの今までの企画を見たところ、kifutownでは応募者は企画者をフォローすることが必要なのではないかと思います。

見返りを求めない交換モデルXとは少し違いますが、企画者をフォローすることでフォロワーは継続的に企画者の価値観にふれることになります。価値観の共有をすることがそれで可能になります。(ストーリーの共有)また支援された側は、人によっては結果をSNSで企画者に報告するかもしれません。(効果)

できれば効果を何らかの形で宣伝できればいいですが、そこまではさすがに難しいかもしれません。

 

でもこの三つが重なる事で、共同体幻想を作れますし、寄付への価値が認められやすくなります。

対称性の話でいうと、

お金は個人の欲望を満たすために使うものという考え方を持っている人と、公益性や他者や共同体を意識した使い方をする人ではなかなか相互理解がすすみません。

相互の認識(世界観)が違うのでかみ合わないのです。

だから世界観を一致させないといけません。

土台になるのは、お金への理解です。これもまたサピエンス全史的にいうと共同幻想なので、ネガティブな理解をしている人に対しては、

ポジティブな共同幻想を示して共有する必要があります。

 

お金は何かと交換するものなので (TiMe

消費以外にも投資や寄付等、いろいろな形で価値の創造を行う事ができます。

もし自分で消費するよりも、未来ある企業に投資すれば、その会社は大きな価値を創造して社会を変えるかもしれません。

もし自分で消費するよりも、必要とするところへ寄付すれば、不足や問題は解消されます。不足が充足に変わることは社会にとっては一つの価値ある状態です。

 

お金が必要とする場所へ向かう事で新たな価値の創造が行われ、

それが全体にとってよりよい状態になる。有形無形の価値の創出につながる。

富の再分配ではなく、一人一人ができる範囲でそれを行えば、

社会は強くなり、相互への信頼は増し、個人の幸福度も増す。

だからこそ、寄付が必要なのだ。

 

というような”ストーリー”を分かりやすく表現し、多くの人の目にふれるところに掲げれば

寄付を罵る人も減っていくし、

寄付をする人も喜んで行うようになると思います。

旗を掲げることで内部に向けても外部に向けても、より深い理解を促すことができます。

そしてその旗の理解がすすめばすすむほど障害は減っていきます。

 

そのために

人類がここまで発展してきた二つの理由

ダンバー数を超える共同体概念と、他者や共同体への貢献による個人の幸福感

この二つを使うことができれば、寄付行為を嫌悪する人が多い日本でも寄付文化を根付かせることはできるのではないかと思います。

 

なんだかんだ書いてったら一万文字超えました。www

モデルXについてもやっとかけたので前回までのオードリー・タンシリーズも載せときます。

オードリー・タン 不足と不安を解決する ソーシャル・イノベーション
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オードリー・タン 誰も見捨てない という思想
今回は続きです。 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});誰も見捨てない を真面目に考える。オードリー・タンの本を読んで、まず驚いて理解に時間がかかったの...

 

対称性と格差

格差はその状態を観察しているだけだが

非対称という表現を使うと、そこには見えないけれどあるべき姿が想定されている。しかも双方向にとっての望ましい姿だ。

ただ単に格差がある、としたときは、それを埋めるという発想しかでてこない。だからどちらかを無理に下げるか上げるかの力業になりがちだ。ほとんどの場合上げるよりも下げる方がかんたんなので下げる圧力をかけて格差を埋めようとする。

けれどそれでは強い不満を生んだり、あるべき姿にならなかったりする。

だから、今ここにない望ましい姿を想定する(少なくとも考え始めようとする)対称性という表現を使っている。

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