人間2.0

BLOG考え方

こんにちは、蒼生です。

今日は人間2.0について書きます。

我々はもっとも残酷で狂暴だった種の生き残り

世界には200を超える国と、様々な人種がいるとされています。文化も違うし見た目も違うのでそれだけ多くの全く違う種類の人間がいるように感じます。またそれを強調する人達もいます。

ですが、種としてはホモ・サピエンス一種類しかいません。

つまり世界中にいる人間は全員同じ種なのです。だから特定の民族を嫌っている人の遺伝子を調べると、その人が心底嫌っている民族と同じことが分かります。(同族嫌悪)

実は大昔はサピエンス族にも様々な種族がいたらしいのです。なぜその様々なサピエンス族が今全くいないかというと、

ホモ・サピエンス(我々の祖先)が行く先々で皆殺しにしていったからのようです。

その中のネアンデルタール人はホモ・サピエンスよりも体格に優れ、頭もよかったとされています。それでもホモ・サピエンスに負けてしまったのは我々の先祖には「物語を作り、共有する力」が、ある時点でそなわったため、ダンバー数(100~250匹を超える群れをつくれない)を超えて群れを作ることができたためのようです。

そして、ダンバー数を超えて群れを作れない他のサピエンス族を集団で襲う事が可能になったため、ホモ・サピエンスが行く先々で他のサピエンス族はすぐに滅ぼされていきました。

つまり100人とかの群れを2000人で襲うようなイメージです。

頭がよくて運動能力が高かったネアンデルタール人も、初期の頃は追い払ったり対等に戦えたりしたようですが、

ダンバー数を超えられなかったため、多勢に無勢。我々の祖先に滅ぼされてしまったようです。

消えない本能

地上にはホモ・サピエンス一種族しかいなくなっても、この気性の荒い種族は争いをやめません。

闘争本能がとても強くプログラムされているようです。

平和になっても嗜好品として残虐なものや血を好みます。かつて暇を持て余したローマ市民は、コロッセオで剣闘士たちのリアルな殺し合いを見て歓声をあげ、ストレスを解消していました。

今では残虐さを主な娯楽表現として見せる膨大な数のエンタメ作品が代わりを担っています。

人間の脳はリアルとフィクションを区別できません。

戦争体験をした手塚治虫は、なぜこんなものを描くのか。と疑問を抱いたそうです。戦争を今体験することはできませんが、文字が読めるなら、歴史書を見れば、人間が今までどれほど惨いことを様々な世紀で様々な場所でやってきたか分かります。第一次大戦以降なら映像まで残っています。人間の残酷さをしっかりと見ようとする人は、だからこそ、安易にそのような表現に手を染めません。

染めることができないのです。

でも昨今残虐な表現はエスカレートし、しかも人気があるので、確かに市場からは残虐なものを作るよう要請されているのだとわかります。(作者の趣味だけではない、市場が残虐さを求めている。需給がマッチしている)

子供の頃、ガンダム好きだった友達が「学校に行くくらいなら戦争に行った方がいい」と言っていて、あきれた記憶があります。中学生だったと思うんですが、私の知る戦争は映像が残っていた第一次大戦と第二次大戦で、向こうはガンダムだったからです。

(ゲームには年齢制限があるけど、アニメと漫画も同様の購入/視聴制限をそろそろ導入した方がいいんじゃないかと思う。そのくらいどんどん無意味に過激になってきている。残虐さと血を快楽表現・ポルノとして描いている)

ホモ・サピエンスは他種族に対しても容赦のない皆殺しを行いましたが、同族に対してもやはり行います。

歴史を見るとどこの国の歴史にも相当にやばい黒歴史があります。歴史の中に処刑と拷問がない文化はないんじゃないかと思います。日本人は他の国民にくらべて立派で精神性が高い、と主張する”愛国者”もいますが、歴史を見たら同じ穴のムジナです。ホモ・サピエンスはどこでも似たようなことをやります。

肉食獣は飢えていない時は殺さないが、人間は飢えとは関係なく殺す。とされます。

おそらくこの性質がホモ・サピエンスを他の動物よりも優位に立たせた一つの理由なのではないかと思います。

人間の「生存とは関係のない殺戮」は、たぶん人間の脳が発達しすぎているせいです。

退屈しのぎやストレス解消のために激しい表現(コロッセオや残虐なエンタメやこった拷問)を求める=ドーパミンが放出される。=快楽の状態。=さらに求める。それが殺戮に向いたり、人によっては知的活動・研究に向いたりします。

ほとんどの人にとっては、地味な研究よりも、生命と直結するエンタメ(殺し合い)の方が面白いようです。

人間の殺し合いがダメなら、動物の殺しあいや狩りはどうだ、フィクションならどうだ、と場所を替え条件を替え、同じように求めています。(狩猟本能・闘争本能なのか知らないけど、よくああいうの見て”痛み”を感じないなって思う。映画とかアニメで殺すシーンになると嬉しそうに画面を食い入るように見てる人いるけど、コロッセオで剣闘士たちに”殺せ”て声援送ってたローマ市民もこんなんだったんかな。やっぱ人間って恐ろしいなって思う)

一方で人間のその本能的な野蛮性を乗り越えようとする取り組みも長年にわたり各地で行われてきました。

それはあらゆる形で、今も行われています。

人間2.0 法

 (←ホッブズ。ハリウッドにこういう人いない?)

自然状態。これはホッブズの著書「リヴァイアサン」の言葉です。

人間は自然状態では、非常に残酷で狂暴になり、本能に忠実で一切の秩序がないカオスな状態

「万人の万人に対する闘争」を行うようになるので

ホッブズはリヴァイアサンという上からにらみつけるモンスターに重ねて国家を語りました。

無秩序な状態を秩序ある状態に変えるのがリヴァイアサン、国家という存在であり法という手段なのです。

それはこの名前の付け方からもわかるように必要悪です。

(だからロックとルソーが思想をさらに発展させる)

人間の野蛮性をコントロールするための具体的な手段「法」はとても歴史があり、かつ今でも有効なものです。

最古のものはバビロン法典と言われています。法は、罰則を恐れる人々によって守られます。罰則が人間の本能に一定のブレーキをかけて行動を制約するのです。

例えば、大嫌いな人がいても実際殺しに行くのは、今では少数派です。何故ならそれを行えば、殺人罪で罰せられることが明らかだからです。

でも法がない時代、人間の1~2割程度は肉食動物からではなく、同じ人間・仲間から殺されていたことが分かっています。

つまり、多くの人にとってはやはり殺してしまいたいのだけど、法がその欲求を超える強いブレーキをかけているのです。(殺す手段は色々あるけど法がそれを後追いして潰している。次は指殺人かな?)

法によって各人の自由をある程度拘束し(略奪し、殺戮し、本能に従う自由)

社会的ルールを守らせてお互いの生存と財産と権利を守るように取り組むのが社会契約です。

これは生まれた瞬間から、全員拘束されます。拒否権はありません。

契約書を締結することもないので、実は自分が拘束されているのに気づいていない人たちがいます。特に子供です。

子供は本能に忠実なのでとても残酷な事を平気でやります。

だから感情に従って小動物や昆虫を殺したり暴力をふるったりします。(法は人間間のものなので人間以外はペットなどの他者の財産権に該当するものをのぞき殺しても罰せられない)

それでも人を殺すと殺人罪に問われることはわかるので同級生を殺す子供は滅多にいません。(たまにいて事件になる。あと指殺人がまだ法的に殺人扱いされてないのでそれに手を染める子供も多いらしい。ある有名人が執拗にネットで罵倒脅迫してくるアカウントがあったので弁護士経由で調べたら未成年だったとか。リヴァイアサンに睨まれていない分野ではやはり殺害欲求の方が勝るらしい)

刑事罰への恐れがある人は、ちゃんと自分の行動を抑制することができるからです。

法という上からにらみつけるリヴァイアサンを作るのは現在は王様ではなく国民の代表で構成される立法府です。

(だから我々は選挙にいく必要があるのです。変なリヴァイアサンをつくらせないために)

そして法は道徳には踏み込まないのが鉄則です。

法の問題は、リヴァイアサンの目の効く範囲しかその力を持たないところです。

だから世界政府構想のようなものも生まれます。

人間2.0 宗教

宗教は理性の側面から人間2.0を求める取り組みです。

科学もない時代に、内面から本能を克服する取り組みを提示した世界三大宗教はある程度はそれに成功しました。

ある程度というのは、宗教は理性に訴え、理性を訓練しなければいけないので

それができた人達しかその境地には立てないからです。

宗教では、悪いものと良いものを教えられ、良い存在を目指すようにすすめられます。

でも宗教のまずいところは、「正義の物語」と結びつきやすいところです。

神という絶対的な存在を想定しているのは、リヴァイアサンに睨まれて秩序を守るのと似たような構図です。

日本でいう「おてんとうさまが見てる」とかもそうですね。

人間は絶対的強者に監視されていると想定すると従順になり、ある程度本能をコントロールするようになるようです。

(逆に監視の目がないところでは不正が増えるという実験結果もあります)

神がリヴァイアサンと違うのは、神は聖なるもので不可侵であり、絶対性と正しさという属性を持っているという点です。

それが、人間の残虐性の正当化に使われやすく、

さらに神を背後につけるという政教一致等によって、残虐性にレバレッジをかけた形で歴史上、多くの惨事を引き起こしました。宗教を利用して神の名のもとに行われた戦争も多くあります。

男性は正しさを重視し、正しくないものに対しては一切の共感のスイッチをオフにして正しくないものを罰することができることが実験で分かっています。(この実験ではゲームで不正をはたらいた人に電気ショックを与えるという内容だった。男性は相手が悲鳴を上げても容赦なく罰することができた。女性は共感のスイッチがオフになりにくいため、相手が悲鳴をあげると、罰を与えることをためらった)

だから正義の物語で行われる戦争は非常に残酷になります。

もしかしたら、こうやってホモ・サピエンスは他のサピエンス族を皆殺しにしていったのかな。と想像できるほど残酷なことをします。宗教ができてからは記録がはっきり残っているので人間の残酷性が良くわかります。

今では政教分離は当たり前ですが、それは神という絶対的な力を人間に悪用させないためです。

宗教の多くは非常に個人的で求道的なものです。心の修行です。それを通して各宗教は人間2.0を目指しています。

でも悟ってもいないし、悟る気もない、俗世の欲望にまみれた人間がその絶対的な力を持つと大惨事がおこってしまうので、

今では宗教と政治は交わらないようにしています。

人間2.0 芸術

芸術は最初宗教の精神性をもっと分かりやすくするために始まり、成長していきました。

聖書の物語を絵や像にし、神をたたえる讃美歌を歌うという形です。

そのため芸術は宗教から派生したものです。その目的は神の光をあまねく伝える事です。

(仏教でも似たようなことが言える)

何が芸術かといえば、今ではなんでもありですが

私は人間の精神をより高みへと引き上げるもの(人間2.0)が芸術だと思っています。

今は何でもアートと表現されます。自分を表現する人は皆がアーティストという事になっています。

今の時代の解釈がそれならそれで別にいいんですが、個人的にはそれは趣味人だと思っています。

(注・私の解釈はとても狭い。これは自覚している。SPI・Cf。しかし精神を高みにあげるものは表現の形がどうあれ、全てこれに該当するとも思っている)

以下個人の感想です。

日本の美術では仏教美術に精神性が高いものが多いです。それはおそらく、仏教には伝えられる精神性や哲学があり、作っている方も本気で救済を求めていたからだと思います。これとは別に、精神性はないけれど本当に細緻で技術にたけたものも多くあります。それは、本当にすばらしい”技術だ”と私は思います。目を見張るものがあり継承されるべき技術です。

また求道的精神と職人的技術の両方を捨てたものも多くあります。それは私の中では”娯楽”にカテゴライズされます。作品のジャンルや媒体をこれで分類することはできず、作者の創作態度がこれに分類されます。娯楽(エンターテイメント)が私は好きではありません。大衆に媚びていて深さも職人気質も両方なく、数字を追うだけの薄っぺらい楽しさしかないからです。

子供の頃、やたら流行っていた漫画がありました。数冊読まされて、その中身のなさにあきました。

兄弟がはまっていたので、こういってやったのです。

「今は面白いかもしれないけど、一年後、この中身をたぶん何一つ覚えてないよ」と。

そういうのが私の中の娯楽(エンターテイメント)です。ドーパミンをだすための装置とか表現です。

(砂糖菓子やスナックと一緒です。カロリーはあります。でも栄養が全くありません。しかもAGEを作りだして老化を促進します。だから食べたら損)

以上、一個人の意見。

芸術と宗教は似ている。といったのはリストです。

なぜ芸術的天才が神のように扱われたか、それは自己表現をしていたからではありません。これが表現者=アーティスト説に感じるものすごい違和感です。

なぜなら、デフォルトの人間をそのまま自己表現すると非常に小賢しくグロテスクで残虐なものがでてくるからです。(エンタメではこれが一番受けるらしい。だから嫌いなんだ。子供の頃「(限界を超えるために)本能に従え(残虐になれ)」て表現してた漫画があって、その浅さに吐きそうになった。作品は作者の写し鏡)

人間が生来持っている醜さや本能を押し広げるのだって、アーティストだしアート活動だと言われます。だから違和感があります。(西洋美術、仏教美術が分かる人なら、私がなにを言っているのか分かるはず)

ヘンデルのメサイアのハレルヤコーラスを聞いた国王は感動のあまり起立したそうです。(今ではチャリティ等でもよく演奏される定番曲になっているらしい。それはこの曲が多くの支援を集める曲だから)これが芸術の力です。

かつて、芸術的天才たちがなぜ価値があり、偉かったのか、大切にされたのか。それは彼らが人の身でありながら人ならざるものを形にして見せてくれたからです。圧倒的な才能をもっていて、それでも人の身ゆえの苦しみを抱え、それを乗り越えようとする軌跡が作品の中ににじみでているからこそ、百年たっても二百年たっても、その作品が光として機能するのです。でも失敗するものも多くいます。だから針の孔を通るような難易度なのです。

とはいえ、成功した者も確かにいます。大成する天才は非常に希少ですが、ばらまかれている才能の数が半端ないので、中には針の孔を通れた人間もいます。

もっとも分かりやすく成功した例は、たとえばバッハやベートーヴェンです。

バッハは神の栄光のためにいつも作曲していました。楽譜にいつもそう書いていたくらいです。

ベートーヴェンはもっと個人的です。まるで求道者のようです。けれど彼が人生をかけて苦しみを乗り越えようとしたおかげで、その足跡が作品となり、すばらしい人類遺産になりました。(彼らはとっくの昔に死にましたが、彼らの音楽がその後も多くを救い、救われた人達がいまだに増え続けて彼らの誕生日を祝っています)

音楽や絵画などの芸術作品の素晴らしい点は、鑑賞側には宗教で求められる修行というとても厳しい課題をクリアしなくても少なからず効果があることです。修行しているのは制作側で、見る側はただそれを鑑賞するだけでいいのです。

これでいっきに難易度がさがりました。

(上座部仏教の修行は過酷だが、大乗仏教にしてもっと難易度さげようぜ的なイメージ)

それでも感性のにぶい人間は本当にわからないようです。

ヒトラーはベートーヴェンの第九を誕生日に演奏させて喜色満面だったようですが、

感性がにぶい人間というのはここまで分かりやすくて力のある作品でさえも効果がないんだと分かる例です。

人間2.0 テクノロジー

法、宗教、芸術ときて、昨今テクノロジーが出てきました。

科学は現代の宗教ともいわれるほど力をもっています。

私はその中でもイーロン・マスクの脳に電極をさすneuralinkに期待しています。

イーロン・マスクが進める「脳とコンピュータをつなぐ技術」、ここまで来た
<イーロン・マスクは、ヒトの脳とコンピュータをつなぐ「ブレイン・マシン・インター...

脳科学が発達し、鬱は特定の部位に電気を流せば改善するとか、

様々な情動はこういう仕組みでおこっているとかいう事がわかってきました。

イーロン・マスクはAIと共存するためにこれを考えたそうで、ネットと人間の脳をシームレスにつなぎ、思考等の今でいう人間らしい高次機能を司る大脳新皮質の外側に、もっと高次の能力をもつ人工脳を付け加えるようなイメージ。それによってAIに淘汰されない人間を作る事をめざしているようです。

[最終話] AIと人類は合体する!? || イーロン・マスク

おもしろくないですか?

最初は特定の神経疾患に対して行っていくようですが、

将来電気を流すだけで脳をコントロールできるようになれば、みんな強制的に人間2.0になります。

脳には痛覚がないので電気を外部から流されても痛みはありません。

法のように恐れを使って無理やり動かす必要もありません。

宗教のように修行という特殊訓練を積む必要もありません。

芸術の簡便さ以上の簡便さで、手軽にみんな2.0になれるのですからこのアイデアはとても素晴らしいと思います。

環境を変えてきた人間がようやく自分を変える

人間の特殊性は、自分は一切変わらずに環境を変えて生き延びてきたところです。

(ふつうは環境に自分を合わせて生き延びる)

だから現在様々な形で問題が出ています。

人間のまわりの環境だけが幾度ものバージョンアップをへてきたのです。

我々の脳は、原始時代から何も変わっていません。逆にそれを利用する様々な技術(SNS、マーケティング)もあります。

でもここにきて、そろそろ原始時代のままでは何ともならないんじゃないかというレベルになってきました。

一番大きなものはイーロン・マスクも危惧する人工知能です。彼はAIを「悪魔召喚」だと言っています。

彼は、人間は悪魔召喚をするのだから、それを操れるように人間側もバージョンアップしようというのです。

もしテクノロジーの力を借りて強制的に人間2.0になれるのだとしたら、これは人類史上の革命です。

人間2.0はかつての人間の歴史を見ながら

「昔の人間はこんなことで苦労していたんだね。なんでだろう?(笑)」

と言えるようになるかもしれません。

そして原始時代のままの本能をかなりの部分捨て去ることができるかもしれません。

もちろんテクノロジーは常にもろ刃の剣なので、ある程度の注意は必要ですが、

それでも、この今までになかったチャレンジに私はとても期待しています。

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