平等は倫理ではない

日記

 今はネットで仕事ができて良いな。と思う。それは家で引きこもって仕事が出来る以外に、純粋に能力しか評価されなくなる所にある。

 私は実力主義は弱者に優しいと思っている。この場合の弱者とは、それまでのマイノリティ、権力を持たない側、社会的・文化的に排除されやすい側の事だ。(福祉的な意味の弱者ではない)

 彼らはたとえば性別や年齢や出自や信仰や経歴等の社会的・文化的な弱点があり、その部分においてまず最初にふるいにかけられて同じ土俵に立つことすらできない。アメリカでは能力以外で区別することは差別として糾弾され法的にも罰せられるらしいが、日本ではまだ整備中だ。なので、これらの要素によって本当は能力があっても対等に戦えない場合がある。

(ある人から聞いた話。とある有能な中国人が日本にきたはいいものの差別されてまともな仕事ができないと言っていたので雇ったらものすごく真面目で良い仕事をしてくれたらしい。セールスフォースが平等を掲げてマイノリティの積極雇用をはじめたら一流人材がめっちゃきた、て話を思い出した)

 自由と平等は相反する価値観だが、相互依存的でもある。

 自由社会で様々な差別を是正しなければならないのは、自由競争を妨げてしまうからだ。自由競争が行われないと、平等圧力は下側へと向かう。すると社会全体が地盤沈下する。だから平等を重視する側といえども、ある程度の自由競争を許し、下剋上のチャンスを万人に与えなければならなくなる。

 自由は下剋上するチャンスを万人に与え、その中の能力がある者は実際に下剋上をする。

 女性は数的には全然マイノリティではないが、日本の場合、歴史的に力を持つことを許されない期間が長かったので、人々のメンタル的にも社会の中でもまだまだマイノリティだ。

(女性の地位世界ランキングは毎回下から探した方がはやい。G7では断トツの最下位らしい・笑)

 ネットで仕事ができて良いなと思うのは、能力以外の全てが見えなくなる所だ。マイノリティの側にとってこれは大きい。

 日本語は言語として女性か男性かがわかりにくい中性的な言語なので、ビジネスでのやり取りでは画面の向こう側が男か女か、またその他のマイノリティか等は分からなくなる。(仕事をする上では能力以外の全ては不要な情報だが、多くの人はその不要な情報を重視する)

 わかるのは相手の能力だけだ。

 私は能力のみで対等にあつかってもらえることが嬉しい。

 男性にこの感覚は分からないかもしれないが、女性は分かる人も多いのではないかと思う。女性で、若い(若く見える)もしくは老いている(そう見える)だけで不当な扱いを受ける人は多い。年配男性だと女性は仕事ができないと思っている場合もあるし、ぞっとするようなセクハラをされたという話も聞く。

 日本は儒教的価値観が根強いので、まだ男女ともに「若い」というだけで低い評価をされる場合がある。さらに女性だと最初から相手にされない場合もある。数年前判明した、いくつかの医大が、女医を増やさないために女性の受験生の合格数を減らしていたのは驚きの事実だ。そこに何の合理性があるのか分からない。

 ただ、差別というのは常に既得権を守るために存在する。女性は数としては少なくないが歴史上長く権力を持たない側だったので、それが社会の上層部に多く入ってくるとそれまでの仕組みを大きく変える可能性がある。

 差別は、精神的な問題というよりもむしろ装置に近い。現状維持を望む側にとって、それは常に必要な装置で、その価値観を持っている人々は各自勝手に判断して価値観にそった行動をとってくれる。差別は、メンテナンスコストの低い装置なのだ。その装置が稼働する限り、現状が維持される。だから差別はある人々にとっては必要不可欠であり、倫理感に訴えて是正するのには限界がある。そのため多くの場合、法という強制力を働かせる。

 それでも、昔よりはずっといいと思う。私がいう昔とはそんなに古くない。

 戦前まで女性は多くの場合学ぶことを許されず妨げられていたし、対等の権利をもっていなかった。なんなら富裕な家以外は家畜か家庭内奴隷のように扱われていたのだから、同じように学ぶことを許され能力においてまだ完全ではないにせよ、かなりの範囲で平等に競争できるのは本当にいい時代だ。

(家畜、家庭内奴隷というのは今の価値観で見るとそれに近いが、当時は当たり前だった。女児は牛馬や家財のように売られて換金され、女性は男児を産めないと役立たず扱いされて離縁された。名前を忘れたがある産婦人科医が月経周期を調べる動機になったのは、女性が結婚後子供を産めないせいで強制的に離縁させられたり、産まされすぎて死亡したりするリスクを軽減するためだったらしい。

昔、あるおじいちゃん政治家が「女は産む機械」と言って、ニューヨークタイムズにものるほど炎上したが、彼らの時代はまだそういう価値観だったのだ。だからそんなに古くない。生理中の女性を隔離する生理小屋なるものは1970年代まであったそうなので…まだまだ古くない価値観)

 差別というのは、自由の軸にとっても平等の軸にとっても共通して忌み嫌われている珍しいものの一つだ。でも存続するのはそれを必要とする人々がまだいるからだ。

(江戸時代に作ったえたひにんと、部落について、私は差別する側の言葉を子供の頃に聞いた。差別は一度作るとすぐにはなくならないらしい。必要とする人々が生かし続ける。インドのカーストのように)

 

 差別をなくしてプレイヤーを増やすと単純に競争が激しくなる。社会は流動化する。実力主義は、能力がない者を容赦なく蹴落としていき、新陳代謝させる。一度上にいけてもすぐに蹴落とされてしまう激しい世界だ。

 年齢や性別やその他の努力を必要としないもので権力を得ていた人々にとってこれは大変な脅威だ。

 しかもそれまで居なかったマイノリティのプレイヤーが勝ち上がって上にたつと仕組みまで大きく変えられる可能性がある。それこそが社会に変化や活気をもたらす源泉になるのだが、同時に、だからこそ過去の遺物みたいな価値観に固執して変化に反発する人が多いのも分かる。

 歴史は急激には変わらない。しかも昔の価値観の中で教育された人々がまだ生きている。

 でも、昔よりはずっと良くなった。これは過去生きた人々が努力したからだ。

 歴史は常に千鳥足で修正されつづける。完全な状態などはない。

 だから、この状態でさらにおもしろいことがしたい。すくなくとも、昔にくらべてはるかにおもしろいことができるようになった。

 自由は弱者の側にとってはチャンスであり、平等の側にとっては社会を活性化させる。

 

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