人生において、100%敗北する方法がある

考え方

こんにちは、蒼生です。

全てのビジネス書に通底するのは「今すぐに行動しろ!」これだけだと言われます。確かに行動できない人はあらゆる面で論外です。

行動しないのは戦わずして負ける選択をしているのと同じです。

負けるのが怖いからと、最初からスタート地点につくことすらできない人達なので、

希望通り最初から負けてしまいます。

自分はいつも走りながら考える人間なので、行動が遅い人に出会うと、どうしてこんなに行動できないのか、行動するのを渋るのかよくわからなかったのです。

今回はそれについて分析します。

人生において100%負ける方法がある

人間にはコンフォートゾーンというのがあります。

心理的に心地いいと感じる空間のことです。

まず、人間にはコンフォートゾーンという居心地のいい空間(家やなじみの店、また慣れた仕事など)があり、

その外側にストレスゾーン(行ったことのない場所や難易度の高い仕事など)があります。

さらに外側にいくとストレスがかかりすぎてしまうパニックゾーンになると言われます。

成長できない人というのはコンフォートゾーンから出るのを異常に怖がる人の事です。

逆に成長する人というのは、自分からコンフォートゾーンを出ていきます。

ストレスゾーンでしばらく動いていると、段々慣れてくるので気づくとそこもコンフォートゾーンになっています。

つまりかつてのストレスゾーンをコンフォートゾーンに変える事ができる人がいる一方で、

ずっと狭いコンフォートゾーンの中からでない選択をしている人たちがいるのです。

彼らは自分の人生は自分では変えられないという決意をしています。

そして狭い範囲でしか生きられない=人生を変えられないまま

窮屈な思いをしながら「なぜだろう?」なんて考えながら生きています。

挑戦できない人達が一番間違えているのはこの大前提です。

挑戦しなければ負けずに済む。恥をかかずに済む。

そんなことを考えて安全地帯にいようとしているのでしょうが

リングにあがらずに傍観をするという選択は、人生において学習を遅滞させることにつながります。

そんな選択をやってしまうと人生においては100%負けてしまいます。

だれに?自分にですよ。

成功も失敗もただの教材にすぎない

人生で一番確実に敗者になる方法は「学習しないこと」です。

学習とは座学の事ではありません。座学だと思っている人は自分の人生から学ぶことを軽んじてしまいます。古くから経験に勝る学びはないと言われています。

(知識のインプットだけなら、AIの方が効率がいいのに、なかなか人間にかなわないのは、人間には様々な器官があり、それが総動員で学んでいるからです)

挑戦しなければ、この世の成功も失敗も経験できないというのは、誰にでもわかる事のはずなのに、これを行動の上では拒否する人があふれています。

行動しなければ経験できず、そうなれば学習が滞るのです。

それは死んでいるのと大差ないのですが、それが分かっていないのです。

失敗を極度に恐れる人は成功も失敗も、ただの学習教材でしかない事を理解していません

成功には成功の、失敗には失敗の学びがあります。数学と理科くらいの差です。

もしかしたら数学はよく学んだけど理科はいまいちだという人もいるかもしれませんが、そんなことはどうでもいいのです。

人生においてはどちらかの学びが得られれば成功なのです。

なのに失敗を恐れる事で何もできないなんて、勿体ない。

失敗を恐れる人々は思考が他律的なのです。

他人の目を気にするあまり、自分の人生を生きていないのです。

つまり

失敗が怖いなんて言っている時点で、

いまだ自分の人生を生きていない。

のです。

自分の人生の責任をとれない段階なので学ぶ事ができないのです。

私はよく「私の人生に失敗なんてない」と言っていますが、他律的な思考の人がこれを聞くと「運よく失敗せずに勝ち続けてきた」ととらえるようです。

そういう人に出会うと、「あ、この人はそのレベルなんだな」と思います。失敗が他者や環境によって左右されるもの、左右される幸不幸だと理解しているのです。

こういう人は簡単に不幸になります。そういう選択をしているからです。

失敗なんてない、というのは人生への姿勢であり覚悟なのです。

たとえ他人から見て絶望的な状況になっても、またその逆に絵にかいたような幸福になっても、学習することが人生で勝つ唯一の方法だと理解していれば、それらはすべて学習過程になり唯一無二の教材になるのです。

行動がおそければチャンスを逃す

「(その企画で)結果をだしてからだったら、協力してあげるよ」

これは私が以前言われて一番面白かった言葉の一つです。

リスクゼロ(友人だったので私が全リスクをとりメリットしかない条件を提示していました)、むしろプラス、将来的にはハイリターンな条件を提示したのにこの回答が返ってきたときは、正直耳を疑いました。

でも私はこの時、ああ、だからこの人はずっとここに居るのか。とよく理解できました。

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結果を出すためには結果をだすために努力した人がいます。

だから風向きが良くなっている時点ですでにすべての椅子には誰かがすわっているのです。

後からきた人間に譲る椅子なんて最初からないのです。

つまり椅子が空いているのは最初だけなのです。

そのことがこの人にはおそらく分からなかったのでしょう。きっと今まで沢山あったであろうチャンスを自分から溝に捨て続けてきたのだろうと思います。

こういう人は沢山います。

先述の例はリスクがゼロでもコンフォートゾーンから動けない人でしたが、

(たぶん「新しい」というだけでストレスを感じる人がいる)

小さなリスクでも過大に評価してしまう人が沢山います。

彼らの中の少し行動的な人は、いつも誰かがうまくいってから後に続こうとします。でも動くのが遅すぎるのです。タイミングが遅すぎるせいで、すべての椅子は埋まっていたという状況に遭遇してしまいます。

株なら上がり切ったてっぺんで買うような状況です。(てっぺんで買うと次は暴落が始まります)

動くタイミングで結果は大きく変わってしまいます。

そして酸っぱいぶどうの例のように合理化しはじめるのです。

酸っぱいブドウ wikipedia

狐が己が取れなかった後に、狙っていた葡萄を酸っぱくて美味しくないモノに決まっていると自己正当化した物語が転じて、酸っぱい葡萄(sour grape)は自己の能力の低さを正当化や擁護するために、対象を貶めたり、価値の無いものだと主張する負け惜しみを意味するようになった[

リスクを過大に評価する人達は

人生に失敗なんてない。七転び八起でちょうどいい。くらいの気構えが欠けているのです。なんでも怖がりすぎなのです。

怖がるべきことは、死ぬことと人生から学べない事以外にはほとんどありません。

死ぬときが物語の終わりだとすれば、その間に起伏があった方が物語として面白いじゃないですか。

実は成功したいのに成功できない人たちの正体

成功することを心の中では望んでいるのに、成功できない人は沢山います。

でも彼らの行動をよく見ていると、深層心理で失敗することを心から望んでいるのが分かります。

だから自分から失敗するような選択をしたり

創造的な言い訳をしたり(たまになんでそこにクリエイティビティ発揮するんだよ。という言い訳を考えつく人いませんか)

あえてチャンスを逃したりします。

彼らは口先では成功したいと言っていても、信念がそれに反しているので、

きちんと信念に基づいた行動をとっています。

鉄鋼王のアンドリュー・カーネギーがナポレオン・ヒルに条件を出したとき

一分以内にYESと言わなければ話を反故にするつもりだったという話は

まさにこの点でリトマス紙だったのだろうと思います。

私は昔から少しお節介なところがあるので、成功したくないという信念(潜在意識)を持っている人に対しても、成功できるように色々教えたり機会を渡したり、時には金銭的援助をしたりしてきました。

一緒に成功できればいいじゃないかと思っていたのですが、彼らは絶対に自分のいるコンフォートゾーンから出たくないので、それを足蹴にしたり、受け取るのをためらったりしてしまうようです。(お金は絶対受け取るけど成功に本気になれないので無駄にするとか)

どうしてこんなことをするのか、と昔から不思議だったのですが、

私が間違っていたのだと最近わかりました。

彼らは成功したくないのだから成功させようとしてはいけないのです。

彼らはまだ自分のいる場所で学ぶことがあるはずなのです。(それはだいたい苦しみですが、それも彼らの望みです。本気で自分を変えるまでつづきます。自分を救えるのは自分しかいないのだから、他人や環境をあてにするのをやめなければいけません)

だからアンドリュー・カーネギーのようにリトマス紙でその相手の潜在意識が本当に成功しようと願っているのか、それとも本当は成功したくないと願っているのか、与える前に調べるべきだったのだろうと思います。

これを毎回行うのは難しい事です。

しかし自分にとっても相手にとっても意識すべきことだと思います。

あらためてアンドリュー・カーネギーはさすがだなと思います。

成功したくないという潜在意識の信念を持っているのに、よくよく考えてメリットとデメリットを天秤にかけて、不安を意志の力で覆した場合、結局あとになって潜在意識が勝ってめちゃくちゃにします。

彼らは無意識的に失敗するような選択を繰り返しているからです。

身近な例を見ると

異常に自尊心が低いせいで、成功している自分を信じられないのだと分かります。

自尊心が低いのを家庭環境や学校や会社や社会情勢その他のせいにしてはいけません。

その発想そのものが自分は無力で無能な人間だと暗に認めて潜在意識に刷り込む行為だからです。

自尊心が低い人は挑戦をしなかった人たちです。

人生の困難に対してより平易な道を選ぶことで、その代償を毎日支払っているのです。

失敗が自尊心を傷つけると思っている人たちがいますが、違います。

失敗すれば大概の人はその後立ち上がります。

それによって「困難から立ち上がれた自分」を獲得し、自尊心を高めます。

それは「やればできるじゃないか」という驚きにも似た感動です。その繰り返しが自尊心を高めていきます。

仮に失敗のせいで自尊心を失ったという場合は、

失敗から正しい学びを得なかったせいです。間違いがなんであるか正しい認識が行われなかったせいで認知がゆがめられているだけです。

失敗も成功もただの教材にすぎないのです。

そして学ぶことができないことが人生のなかでの最大のリスクであり、

弱い自分を形作る原因になってしまいます。

他人よりも自分を大切にしろ

多くの人が人間関係を自分と他人との間の関係だと理解しています。

しかしながら、自分の中には自分を内側から見つめるもう一つの目があるのです。

意識は常に氷山の一角でその下にはもっと大きな潜在意識と無意識が眠っています。

分かりやすい例だと、他人や事件が障害となったときです。

その瞬間にあなたは自分自身への態度を問われます。

このとき戦う選択(ポジティブに乗り越える選択)をしなければならなかったのに、戦うことを避けてしまった場合、潜在意識は「この人は自分のためには戦わない人だ」と理解し自分を信頼しなくなります。それが度重なると「自分は何もできない」という信念につながります。潜在意識の中に自分を信頼しないという態度を作ってしまいます。

闇を見つめるとき、闇もまた自分を見ている。といったのは確かニーチェですが

意識と潜在意識との間には他人以上の強い関係性を築かねばなりません。

他人が自分を嫌っても「うるせーよ」で済みますが

自分が自分を嫌うと実害が生じ始めます。

人生が圧倒的ハードモードに変わります。

これを経験している人は多いはずです。自覚していない場合がほとんどですが。

逆に潜在意識が「この人は何があっても自分を守ってくれる」と信頼し始めると積極的に協力し始めます。

自分の場合は、意識が一つの案を出すと潜在意識がそれに反応していくつも対案を出してきます。それは音声やビジュアルの形をとりますが、「え?そう考えるの?」という案をいくつも出してきます。これは私が自分を絶対的に信頼しつづけ、戦った結果、潜在意識の信頼を得られたからだろうと思います。

これはイージーモードという以上の状態です。なにしろ意識の何倍も賢いのが潜在意識なのです。それが意識を尊敬して協力してくれるのですから。

バックには孔明がついてます、てかんじで、なんか勝てそうじゃないですか。

そんな感じです。

よく子供をほめて育てましょう、なんて教育方法がありますが

親がほめたところで表面的な効果しかありません。

本当の自尊心は他人が育てられるものではありません。

自分で育て上げるしかないのです。

(同じ理由で他人に否定されたから自分はダメだなんて受け入れるのは間違いです。

自尊心を育てるのは絶対に他人ではなく自分でなければならないのです。だから自分のことくらい、ちゃんと責任を持ちましょう)

そのためには挑戦し、自分で学び、自分のために行動する勇気が必要です。

そしてその目的は闇の底から自分を見つめるもう一つの目、

潜在意識の尊敬を勝ち得て、その協力を勝ち取ることです。

※一番確実にダメ人間を育てる方法。

戦国時代、敵国から人質を預かった領主はその子供を殺さずに無害化させて脅威を取り除きたいと考えました。そしてどうやってその子供を育てたかというと、ほしいものは何でも与え、望むことは何でもやらせ、何の心配もなく何不自由なく育てた、つまり人質なのにVIP待遇にしたことで見事ダメ人間を育成することに成功したそうです。

ほめて育てる方式もそうですが、親が子供の人格を変えられると本気で錯覚している教育方針を聞くといつもこれを思い出します。

あと、昔プログラムの学校に行ってた子が教えてくれたんですが

親の金で勉強しにくる人は「だいたい勉強せずに遊んでる」そうです。(その人は自分で稼いだお金で勉強していたので本気度が高かったのでしょう。本気度が低い人は身銭をきっていなかったり、リスクを他人に取らせているので痛みがなく、その分本気になれないようです

人生において100%負けないために

事は簡単です。

自分のために動け、今すぐに。

本気になるならリスクをとれ。

そして肝心なところでは戦うことを躊躇せず、選択しろということです。

(よく怒りを爆発させるのが戦う事だと勘違いしている人がいますが、それは間違いです。潜在意識はあなたが考えるよりもはるかに賢いので、それが弱さから引き起こされた無差別テロのような戦い方なのか、賢明な判断の結果か否か、ちゃんと見ています)

それでも失敗するのが怖いという人は

何が本当に恐るべきことなのか分かっていないのが原因です。

だから一番いいのは、何が本当に恐るべきことなのかリストアップすればいいのです。

そうすればなんだかよくわからないけど怖い状態から抜け出せます。

そして真面目に死ぬことを考えたらいいと思います。

死ぬこと以外に生きる事を定義できる価値観はありません。

これは冗談ではなく、本当に死ぬことを考えていないから今を生きられないし

戦えないのだと思います。

私は幸いにも子供の頃から何回もそういう経験をしてきたのである意味英才教育を受けてきたのだろうと思います。

今死ぬかもしれない。そう想像してみればいいのです。天井から伸びた首吊り用ロープ、刃物を持ったテロリスト、もっと簡単なところでは食べるものがないとか。車にひかれるかもしれない、とか。

人間は簡単に死にます。

脳梗塞とか、心臓病とか、糸が切れるようにふっと死んでしまうのです。

でも、それを想像できれば、その瞬間に生きる力が湧いてくるはずです。

殺されてたまるか、生き残ってやる。という生物本来の力を取り戻せるはずです。

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